人造知能想造Blog

部長、お疲れさまでした

今日、お客様先にお伺いしますと、突然お話をいただきました。

私がお世話になっている現場の部長さん、開発部の部長さんでは無くて、事業部の部長さんです。その方が先週末お亡くなりになられていたとの事を伺いしました。

開発部の部長さんの上司ですので、私とは直接の接点はあまりありませんでした。少なくとも開発業務という意味では 0 でした。それが、昨年秋の展示会の出店時に一緒にアテンダントをさせていただいたご縁がありまして。その後はちょくちょくお声がけをいただけるようになりました。仲良くとはとても申せませんが、非常にお世話になっていると感じている部長さんでした。

その方は、先週の木曜日の夜、自宅にお戻りになられていつも通り睡眠をとられて、金曜日に、他界されたそうです。

木曜日の夜、開発部全体としては製品のリリース日で、数日前より部員の皆様はバタバタとしておられました。木曜日の夜も問題が収束せず、その部長さんも遅くまでおられました。

22時くらいに別件で打ち合わせをさせていただいていると、目の間の廊下を部長が行ったり来たりされていました。

私:「どなたかお探しですか?」
部長:「うん。XXX 君は見なかったですか」
私:「先ほど、上階にあがっていきましたよ」
部長:「そうですか。1人でしたか?2人でしたか?」
私:「お2人でした」
部長:「そうですか。ありがとうございます。」

そんな会話が私と部長の最後の言葉となってしまったようです。

今日も私の左前に部長のお席があります。いつも会議会議で離席されていることが多かったですが、今日はがらんとしています。まだまだ山積みの書類、PC への接続口がぷらんとしている PC の充電器のコネクタ。部長がいつ帰ってこられててもすぐにお仕事ができそうです。

私たちが開発しているフロアは、島が 38 あります。ざっと数えると 400 人程が仕事をしています。

部長の事実をお知りになっておられない方々も多いかと思いますが、基本的に部長のお席で立ち止まる方は居られません。部長のお席の横を通る方も全くいつもと、今までと同じように通り過ぎます。

部長。部長。

大きな声で話される方ではありませんでしたが、ご指摘の箇所はいつも適切でした。手詰まりになったと思った際にいただく提案はいつも我々の事を思っていただいていた提案でした。

部長。部長。

お返事くださいよ。

また、いつもの席に座ってくださいよ。いつもの席で、大きな背中を小さく丸めてパソコンと向かい合ってくださいよ。

部長。部長。

また、お会いしましょうね。それまでに沢山のお土産話、作っておきます。

暫くの間、失礼します。

pebble 購入してみました

累計販売台数が 20 万台を超えたそうです。

ちょっと面白そうな端末でしょね。プログラマブルなのが良いところ。

pebble

まさにこの方と同じような衝動買い。

「腕時計型クライアントデバイス「Pebble Watch」を衝動買い」
 http://ascii.jp/elem/000/000/790/790478/

届いたら暫く色々触ってみますね。

何か面白いものが作れたらいいなぁ。

また、到着したら、使い勝手報告しまーす。

夜が明るい

夜がね、明るいんですよ。

東京は、ではなく、ほぼ、どこでも、です。

私が住んでいるところは、国道17号という道沿いなのですが、この国道が明るい。めちゃくちゃ明るいです。それは、まぁ、都会に近いところだし仕方ないかと思っているのですが、先日遊びに行ってきたグアムも明るい。

夜の暗さを忘れているのですよ、私が。

夜の暗さを知らないのですよ、子供達が。

色々問題だなぁ、と思っています。

当然知っていなくてはならないことを忘れているのだと思います。今の大人は。

当然知っていなくてはならないことを知らないのだと思います。今の子供は。

夜の暗さと、生き物の死、その2つが遠くなっていることが気になります。

ソーシャルゲームが受けいれられたの・・・かな

CygamesとDeNAの英語版『神撃のバハムート』が米Google Playで売上ランキング1位に
 http://gamebiz.jp/?p=58466

だそうです。

良かった。

「日本国にとってかなりの朗報だね」とは近江商人のコメント。
 https://twitter.com/#!/ueharajin/status/195059182897086464

全く持って同感。

日本がこれから世界に売っていかなくてはならないもののひとつが間違いなく、ゲームといか、ゲーム文化。ソーシャル文化。それが世界に通用してよかった。もちろん、まだまだ私自身はソーシャルゲームを「チープなゲーム」として観ている部分もあって、完全には鵜呑みに出来ないのだけれど、そこから生み出されるパワーに目をつぶるわけにはいかない。それは、お金だけでなく、世界を、世の中を変える力を持っている分野だと思う。

単純な「ゲーミフィケーション」なんていう流行の言葉じゃなくて、ゲームっぽいものを通して、世界のコミュニケーションを変えるというところにもう少し自分の軸足を、移したいなぁ、と思っている自分が日々強くなってますわ。

そんなこと、思ってます。最近。

禁酒始めました

ある程度、続いていないと書くのが恥ずかしくて・・・・。

そろそろ、10日以上続いたので、エントリにします。

ここ数年、1年に一日お酒を呑まない日があるか無いかという生活を送っていましたが、ちょっと思うところがあり、禁酒してみました。

第一の理由は、どうも、体調が良くないから、です。先日入院するような事になってしまいましたが、それとは別に昨年はずーっと体調の悪化を感じていたんですよね。

夜中におなかが痛くなって、寝れない、ということも数回ありました。肩が凝るというか、顎がしんどいほどの肩こりも常時感じていました。年末にこちらの件で受診してみるとどうやら内臓系に問題が発生している可能性が高いとの事。それで、禁酒してみました。

12月27日? がスタートです。今日は、1月15日。実は、昨日ちょっとした集まりがあって、お酒を呑んだので、ほぼ 2週間ほど、禁酒していました。その間にお正月があったので、さすがにお屠蘇はいただきました。それ以外はかなりがんばりましたよ。

これをアルコール依存症と言うのかどうかわからないのですが、夜ご飯の時点でお酒を飲んでテンションをあげれない、というのが嫌で嫌で仕方なかったですね。最初の、1週間ちょっとくらい。目の前のお酒が飲めないことがいらいらするのではなく、「あー、今晩はお酒飲めないんだー」と思うことにいらいらしてしまっていました。それも、もう、2週間経つとなくなりますね。

せっかくの機会なので、これを機にこれからも禁酒してみようかな、と思います。

もちろん、お酒の席というのもあるので、自宅では禁酒、というだけですけどね。

そういえば、昨日は、2週間ぶりにお酒を飲んで、ビール4本ほど飲んだのですが、それだけで記憶なくしてました。いやー、弱くなった。一瞬で。もともとそんなに強くなかったのに、飲み過ぎてわからなくなってただけなのかなー。

まぁ、ようわかりませんが、今年第2弾のエントリも健康系で。

今年は、自分自身との対話も重視していこうとおもっとります。

退院しました

いやー、年始早々、入院していました。

入院て!30年ぶりくらいです。びっくりしました。

病名は 蜂窩織炎。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9C%82%E7%AA%A9%E7%B9%94%E7%82%8E

昨年、途中からものすごく忙しくなって、ほぼ一年間なんだか全く気持ちが落ち着かない状態でバタバタしていました。すると、夏程度から体調の悪化を感じていて、「大丈夫かなー」と思っていたら、年末にした小さな怪我が治らなくて・・・・、正月明けに症状が爆発して入院していました。

12月23日に子供と遊んでて、低い(50cm)程度の花壇を飛び越えられなかったことがケチの付き初め。そのケガに、ガーゼをあてていたのですが、いろいろ細部への気配りがなくなっていた時期なので、5日程、それをほっておきました。すると、患部はジンジン痛くなるし、太ももの付け根のリンパは痛くなるし、で、年末29日に病院にも行ってみました。

診察が「あー、化膿しているねー」、で終わったので、「こら!」という思いで、お薬も飲まなかったら・・・・、年始の4日に、家族でお買い物をしていると立っていられないほどの激痛に。痛みで冷や汗を書きながら新幹線で帰京していたのですが、小田原を越えたあたりから悪寒がすごくなりました。なんとか乗り換えて地元駅までくると悪寒と、幹部の痛みでもう、とても歩けない感じです。慌てて救急車を呼びました。1月4日から。トホホ。

当然、どこも受け入れてもらえなかったので近所で応急処置をして、一旦帰宅。高熱の中のおぼろげな記憶力/判断力と、激痛の中、翌日、整形外科を受診すると、「これは、かなりひどい蜂窩織炎ですねー。」と言って、傷口を切開して、ひどい部分を摘出。針をポチポチ指して、幹部から膿を抽出。その処置もあって、悪寒爆発。もう、手の震えが止まらない状態になって緊急入院です。

年始から、ほんとにエラいことになりました。

先生が「2週間は入院です」とか脅すので、必死で直しましたよ。

結局、5日程度の入院で終わったのですが・・・ほんとに皆さんにはご迷惑をお掛け致しました。m(_ _)m

緊急入院なので、病院は選べないのですがその病院もまた、えらいことになっていました。

・深夜に叫び声が聞こえ続ける
 もちろん、いろいろなご病気の方がおられるので仕方ないのですが・・・全力ですからね。
 「おーい!おーい!」って。隣の個室の方でしたが、まる聞こえです。夕方とかじゃなくて、深夜2時でも、4時でも。
 熱が 39度以上あった、最初の2晩は寝付けましたが、それ以降は・・・無理ですよ。

・深夜/お昼を問わず、「カチカチ」音が鳴る
 向かいのベットの方がベットをカチカチ鳴らすのです。こちらも、それのご病気だとは思うのですが・・・。
 熱が 39度以上あった、最初の2晩は寝付けましたが、それ以降は・・・これも無理ですよ。

・喧嘩始まる
 まぁ、当然ちゃぁ当然なのですが。
 上記の「カチカチを やめろ/やめない」で喧嘩が始まります。
 両者共、ベットから動けないのに。

・排便の匂いが漂う晩御飯
 外科の階だったのですが、なぜか私以外の5人が内科。
 ご病気がいろいろあるのだと思いますが、当初の私を含め、5人が排便/排尿がベットで、という状態。
 それは、それで仕方ないのですが、入院2日目の晩御飯の時に、配膳が終わってから隣の方が排便
 されました。。
 それは、それは・・・・。ちょっとご飯は食べてられないです。(笑

・食事が配膳されない
 3日目から車椅子をお借りして、談話室でパソコン使っていました。 
 食事の時間になっても、呼びに来てくれないので、自分から部屋に戻ると私だけ配膳されていない。
 看護師さんに聞くと「あら!」って。
 「あら!」じゃないでしょ!頼むよ、何のために入院してんのよ!

・お薬落ちてる
 これは私の話じゃなくて、隣の患者さんでしたが。
 食後の薬がいつもより少なくて、(?)と思っていたが口に出さすに「今回から減ったのかな」と思っていたら・・・
 足元に薬落ちてたらしいです。しかも、気がついたのは次の食事のタイミング。
 頼むよ、何のために入院してんのよ!

まぁ、いろいろありました。

人生、いろいろあるから楽しいですね。

ロケットスタート予定が、2週間ほど、スロースタートとなってしまいましたが、ケチのついたもの一掃キャンペーンで、髪の毛もサクっと無くなって、心機一転、今年も頑張りますよ!

新年の挨拶より先に、変なエントリですみません。

スキーに行ってきました

私が初めてスキーをしたのは、小学3年生くらいじゃないかと思います。

父親の職場の友人が私たちの家族を連れて行ってくれた記憶があります。

場所は「ハチ北」でした。

兵庫県のハチ高原にあるスキー場です。なんと、今では HP もあるのですね。(当然か・・・)

 関西のスキー場ならハチ・ハチ北!
 
 http://www.hachi-hachikita.co.jp/

当時は、車に延々のって、いきなり雪だらけに連れて行ってもらうのが楽しくもあり、不安でもありましたね。スキーブーツを履かされたり、スキーを付けられたり、日頃着たことないウェアを着させられたりしたの事に緊張したことを覚えています。

それから、3年連続くらいは連れて行ってもらいました。

その後は、暫く行っていませんでしたが、中学3年生くらいでしょうか。今度は友人たちと行くことになりました。そこから高校3年生まで毎年行きましたね。年に2回程度。

高校生で親のすねをかじっていたので行けましたが、大学生になるととてもとてもお金が足りない。そこから疎遠になって現在まで一度も行っていません。

で、今日、スキーから帰ってきました。

前半は自分の話。
最後の1行は娘の話。

下の娘の幼稚園のイベントに上の娘もついていって、今日帰ってきました。行き先は新潟でしたが、なにもこんなタイミングで・・・というタイミングですね。ものすごい雪だったようです。

少しはスキーできたのでしょうか。早く帰って聞いてあげたいですがまだ、帰れず。というか、さすがに寝てるでしょうね。張り切って相当疲れてもいると思いますし。

こんな大雪の中、父親と離れてスキーに行ってくるなんて。残念ながらそても成長してきたものです。娘たち。父親としてはさみしいなぁ。

この寂しさを覚えておかなきゃ。子離れの第一歩(第二歩?第三歩目?)を踏みしめた記念日を。

さて、この先、どんどんこういう思いが膨らんで行くのでしょうか。寂しいですねー。この年の瀬に。さみしいもんです。

自粛じゃなくてさ

「そういう世界が来た」なんですよ。

今、皆が生活をシュリンクさせているのは。そう思いたい。

私は、「気力ベース」ってものは長くは続かないものだと思っています。続かないからこそ、気力が必要なのであって、通常であれば、「気力つこてるー」って気づくことすらできないと思っています。

で、「自粛」っていう言葉はなんだか非日常で、それを実施する事に「気力」が必要な気がしませんか?2011年3月11日は間違いなく歴史の何かを区切る日付だと思うのですけど、私はエネルギの使い方を区切る日付にしたいのです。それも、できれば、”私は”ではなく、”日本中で”が良い。

「変に自粛したって、被災地/被災者にとって何にもならないし、それなら日常を送るべきだ」、という言葉は素直にうなづけるのですが、「変に自粛したって、被災地/被災者にとって何にもならないし、むしろじゃんじゃん使うべきだ」と言うのは全く理解できないです。違いますよね、エネルギが使えなくなったので、使わなくても良い世界をこれから作っていくのですよね、皆で。違うのかなぁ?

Twitter でも「深夜電力は余っているので節電の意味無し」的な発言がありますが、それは、ブラックアウトに対する効果という意味であって、「エネルギを使わない生活」を指向するその姿勢はあってますよね。

新宿が暗いのも、入るまで開店しているお店なのかどうかわからないのも、複数台ある エレベータ/エスカレータが1つ以外止まっているのも、全てこれから永劫続く世界の始まりなんですよね。そう思っています。今日(2011年3月31日)の、東京電力管内の電気使用率(使用量/供給量)は MAX で 91 % 程度でした(Yahoo! のサイトより)。ココ数日に比べるとめちゃくちゃ余裕あるじゃないですか。でも、世間の対応は何も変わって無いですよね。皆さん、気がついているんですよね、これまでの生活はもうできない、って。

私は、個人の信条として、原発に賛成でも、反対でも無いですが、誰か(未来の自分を含む)を我慢させて、今を享受するというのは”無し”だと思っています。生きている以上、誰かを我慢させてしまっているのは間違い無いですが、その分自分も我慢しましょうよ、と思います。どうでしょうね。違うのでしょうか。もちろん、どこまでエネルギを使わないかという事は個人の信条もあるし、意識のレベルの違いもあるので、様々でしょうけど、伝播力のある方が「深夜電力を節約するのはアホ」的な発言するのは辞めていただきたいなぁと思っています。

そして、こんな事を政府に期待するほど若い訳では無いですが、なんとか、「エネルギを使わない社会」に向けて大号令をかけて欲しいものです。政府が。

さて、明日から新年度。

新年度もただただ頑張ろう。ただただ、真摯に生きよーっと。

3.11 は「TSUNAMI」なのか「FUKUSHIMA」なのか

==
東北地方太平洋沖地震で甚大なる被害を受けられた皆様、人生で相当困難な時期にあたると思いますがなんとか頑張って下さい。

私どもにできる事はわずかですが、できる限りの事をさせていただきます。なんとか、乗り切っていただければ、と思います。
==

上記の記述に関して、今後も気持ちは持ち続けますが、毎回の記述は今回で最後にさせていただきたく思います。まだまだ、災害が進行中で、何も改善していない地域の方がおられる状況、原発の状況はありますが、災害発生から2週間が経過し、一旦の区切りとさせていただければと思います。

私は、経済学者でも、政治学者でもありません。

普通のプログラマとして、一般人として地震発生から2週間の今、思っている事を記録的に記述しておきます。

表題の件、私が今、多くの時間考えている事です。

今、大事なのは、心を砕か無ければならないのはどちらだろうか、と。

地震発生後、多くの方の命と生活を奪ったものは「TSUNAMI」であったように思います。今、この瞬間一番大事な事は「TSUNAMI」だと思っています。進行中であるのは「FUKUSHIMA」である事は承知しています。そして、私の直接の生活に影響があるのも、「FUKUSHIMA」です。ただ、今は、まだ、「TSUNAMI」の方々を第一に考える時期では無いかと思っています。(我々は、です。関係者の方々は FUKUSHIMA・・・お願いします。本当に。)

今は、「TSUNAMI」にあった方々の気持ちをやわらげ、物資を届け、被害の少なかった地域への受け入れを進めていくことが第一かと思っています。

今できることは「TSUNAMI」に捧げて、これからの事は「FUKUSHIMA」も同時に考え無ければというのが「FUKUSHIMA」に直接関与できない私の今の気持ちです。
#本来であれば、人海戦術要員として、30代後半男子(子供生産済み)の私は、FUKUSHIMA でお役に立ちたいと思っています。ただ、それは受け付けてもらえない気持ちだと認識しています。(参加する方法があれば、ご教授いただきたい。)

今は、「TSUNAMI」重視だ、という思いを持ちつつ、もう少し、「FUKUSHIMA」に関して今思っている思いを記します。

仙石さんが、「電気料金のUpを」と発現されたようですが、私も同じ気持ちです。今夏、来冬、電力が不足すると言われていますが、それ以降もどうやって原子力無き後の電力を賄うのでしょうか。今までのような価値観、生活では、維持できないと思うので、日本は思い切って「エネルギ費用負担高」の国を目指すべきかと。特に個人に対して。車での外出、電気の使用は”お金持ちさん”の特権という暮らしです。私は、悪く無いと思います。

上記の判断は新しい価値観の導入を必要としますが、それは、後から湧いてくるでしょう。まずは、本当にそう言う社会をつくれば良いかと。今、この時を逃して、移行するチャンスは無いかと思います。そして、その分の負担を食料品、日用品の補助に充てるというのはどうでしょう。日本はエネルギは高価格だが、食糧は安い。どうです?面白い特化した社会じゃないですか。新たな価値が世界の中の日本として出てくるような気がします。

移動が費用高になるので、そもそも、サテライトで仕事をする事が進み、東京から人が減るかと思います。週末だけ車で自然に触れようなんて甘い夢。自然が好きなら都会に住むな、的な発想です。それで、良いのじゃないかなぁ。

震災前の色々な問題まで解決するバラ色のアイデア!とはまるで思いませんが、3・11 が大きな転換期だというのは本当だと思います。言葉はおかしいですが、幸いにして「FUKUSHIMA」の為に、多くの日本人(関東在住の)が、今回の災害を自分に起こった出来事として共有できました。こんなチャンスは国家としてもう、二度と無いですよ。

ここで変わらなければ、どうするんだ、という気がします。

世界に誇れる日本へ。

子供達に「日本は素晴らしい国なんだよ」と誇れる社会へ。

AR (と言うかカメラ画像重畳)がいっぱいですね。

Wireless Japan が始まりまっています。

昨日、少しだけ顔を出してきました。残念ながらほんの少しだけでした。

表題の様に、カメラ画像に重畳する機能がケータイで!的な出店も多かったですね。周辺で少し関わっていますので、興味があります。GnG 的な使い方は非常に共感が持てます。他、「ワライオトコ」だろ!的なアピールも確かに、ふんふん、とうなずけます。ただ、これって実用的でしょ!と言われるともうちょっとかもしれませんね。なんとか、日常で「使うと便利」とか、「たまに使う事もある」というレベルの素材になってほしいものです。

私としては、カメラ画像が邪魔(情報量として多過ぎるし、モバイル端末の向こうに目視できている世界をわざわざ端末上で見せる必要は無い)という思いものあるのですが・・・・・一旦、その話は伏せます(笑)。

DoCoMo さんの、Golf ナビを試したかったなぁ。ほんの3時間程度の滞在だったので、とてもそこまで行けませんでした。残念です。

社内の Xperia では、試せないのかなぁ。

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